「えご」の歴史と原料

「えご」は博多で生まれ、海の道で新潟県に伝わり根付いた海藻食品です

010記録によれば「えご」(九州の方では「おきうと」と呼ばれます)は享保年間(1716~1735年)に初めて箱崎(現在の福岡市内)にてつくられたとあります。

「おきうと」の名前の由来は大飢饉の際、漁師が博多湾に群生している海藻を見つけこれを煮詰め固めて処食し、これで飢えをしのぎ、人々を救ったことから「求人(きうと)」すなわち「おきうと」と言い伝えられているとのことです。

北前船、または漁船の往来により博多から能登半島の輪島を経由して佐渡に入り、その後越後各地へ伝わったものと思われます。

博多の「おきうと」と佐渡の「いごねり(まきえご)」は薄く流した「えご」を巻く点で形態的にはほぼ同じものと言えます。

ただ、「おきうと」は直径15cm程の楕円状に流した後、中を筒状にして巻くのに対し、「いごねり」は幅1mくらいの大きな型に「えご」を流しいれ、内から巻き込んでいきます。

原料は「おきうと」が佐渡産、能登産の「えご草」が主原料で、一部「いぎす」等の海藻を加えているところもあります。佐渡の「いごねり」はほぼ佐渡産の「えご草」で作られています。

近年、「板状のおきうと」が出回っておりますが、これは「えご」「おきうと」をヒントにしてある水産会社が作らせたもので、原料は寒天等で、博多の「おきうと」とはなんら関連はありません。お手に取った際、食品表示をご確認ください。

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